はじめに|16年の不妊治療の末、母になりました

朝の光の中、2本線が出た妊娠検査薬とカスミソウ

16年間の不妊治療で、私がいちばん思い出す場面。
それは、初めて「2本線」を見た日のことです。

妊娠検査薬に、くっきりと2本の線。
16年間、ずっと1本線しか見てこなかった私の前に、初めて現れた2本線でした。

その結果を、旦那さんにサプライズで渡しました。
二人で泣きながら喜んだあの日のことは、今でも忘れられません。

はじめましての方も、お久しぶりの方も、こんにちは。Mafometです。
このブログで、これから少しずつ、私の不妊治療の体験を書いていこうと思います。

きっかけは、SNSで不妊に悩む方をたくさん見かけたことでした。
画面の向こうで、かつての私と同じように悩んでいる人がいる。
16年間治療を続けて、最後に子どもを授かることができた私の経験が、誰かの力になれるかもしれない。そう思ったのが、正直な動機です。

私たち夫婦が子どもを授かるまでには、16年かかりました。

アメリカと日本を行ったり来たりしながらの治療でした。
アメリカでも日本でも人工授精をして、それでも授からなくて。
沖縄に住むことになって治療を再開したとき、年齢のこともあって、体外受精に踏み切りました。

採卵では8個の卵が取れて、そのうち4つが凍結胚になりました。
そのうちの1つをお腹に戻して、私は妊娠することができました。

もちろん、この16年には辛いこともたくさんありました。
注射や通院のこと、生理が来て落ち込んだ日のこと、「何で私だけ」と何度も思ったこと。
でも、それはこの先の記事で、少しずつ正直に書いていきます。

仕事との両立に悩んだこと。
辛い時期に出会ったレイキのこと。
移植のとき、「この子は絶対に女の子だな」と感じて、お腹に話しかけ続けていたこと。
そして私の体にある、人とは違う事情のこと。

人それぞれ、治療も、思いも、メンタルも違うと思います。
それでも一つだけ、私が自分の16年を振り返って思うのは、諦めなかったことが結果につながったのかもしれない、ということです。

同じ道を歩いている方の心が、少しでも軽くなりますように。
そんな気持ちで、このシリーズを書いていきます。

次回は、私の体のこと。2歳のときの事故と、脾臓・膵臓を摘出した私の体の話から始めます。

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Hello!! 旦那さんはアメリカ人。ハワイからアメリカ本土への引っ越しを経て、現在は沖縄在住のMafometです。アメリカには9年住んでいました。私は10年以上エアライン業界にいました。グランドスタッフ、CA、プライベートジェットでの経験を経て、今、現在はヒーラーとして、レイキやチャクラリーディングをしています(現在は子育て中のためお休み中です)。愛と思いやりを持って人と関わってきたことで得た幅広い交友関係と経験・知識から、皆様をhappyにできるストーリーをお届けしたいです。

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